全社員へ2026年06月17日

成功の9割は「しつこさ」で決まる

失敗する経営者が陥る「自己満足」の罠

経営の最前線に立つ者の頭の中では、常に二律背反する二つの声がせめぎ合っている。

一つは、「情熱を持って諦めるな。継続こそが力だ」という声である。
もう一つは、「いつまで芽の出ないことに、資源を投じ続けるのか」という、冷静で合理的な声だ。

東洋には「点滴穿石(てんてきせんせき)」という言葉がある。たとえ微かな水滴であっても、同じ場所に落ち続ければ、やがて硬い岩をも穿つ。時間をかけて、執念深く同じことをやり続ける先にこそ、成果が生まれるという考え方である。経営においても、この思想はしばしば成功例として語られる。

しかし、経営は精神論だけでは成り立たない。経営とは、人、金、時間、エネルギーなど、有限な資源をどう配分するかという意思決定の連続である。芽の出ない事業にしがみつき続ければ、結果として組織全体を危険にさらすことになる。継続と撤退、そのどちらが正解かを事前に言い当てることは、誰にもできない。

継続すべきか、それとも撤退すべきか。
この判断に、教科書のような正解は存在しない。担当者の力量、経営者自身のエネルギー、任せている人の状態、市場環境や競争状況。これらを総合的に俯瞰したうえで、最後は経営者自身が覚悟を持って決断するしかない。

成功の90%は「継続力」という名の試行錯誤にある

多くの人は、成功するための「唯一の正解」や「こうすれば必ずうまくいく」という秘訣を求める。しかし、はっきり言っておく。ビジネスにおいて、そのような確実な正解はもとより存在しない。

事業の成否を分けるのは、計画のうつくしさでも、アイデアの斬新さでもない。重要なのは、泥臭いトライアンドエラーを、途中で投げ出さずに続けられるかどうかだ。成功に至るプロセスの大半は、この終わりのない試行錯誤である。

うまくいかなければ、なぜ失敗したのかを考え、やり方を変える。逆に、うまくいったとしても、それを単なる偶然で終わらせず、再現できる形にまで落とし込む。この作業を愚直に繰り返す以外に、成功を積み上げる方法はない。

新しいビジネスを始める際、「どの業種が良いか」と悩む人は多い。しかし、それは本質的な問題ではない。ある程度の見込みがある分野を選んだら、あとは成果が出るまで試行錯誤を続けられるかどうか、そのエネルギーを持っているかどうかが問われる。

たとえば、キッチンカーのように、失敗する確率が9割と言われるビジネスであっても同じである。表面的な成功事例に一喜一憂しても意味はない。重要なのは、目の前の仕事を一つひとつ「きちんと仕上げる」姿勢を持ち、結果が出るまでトライアンドエラーを継続できるかどうかなのである。

失敗の鉄則

「自己満足」が経営判断を狂わせる

成功への道筋は極めてあいまいだが、失敗に至る道筋は驚くほど分かりやすい。事業が失敗に終わる原因の大半は、経営者自身の「こだわり」にある。

ただし、ここで言う「こだわり」とは、商売を成長させるための健全な執念ではない。その正体は、経営者自身の「自己満足」である。すなわち、「自分がやりたい店を作ってしまう」というエゴだ。

具体的な例を挙げれば分かりやすい。客の満足度に直接影響しないにもかかわらず、一脚40万円もする高価な椅子に固執する。必要以上に豪華な内装や食器を揃え、店作りそのものに満足してしまう。こうしたこだわりは、一見すると美意識や品質追求のように見えるが、顧客を喜ばせる本質とは無関係だ。その結果、静かに、しかし確実に失敗へと向かっていく。

最も厄介なのは、こうした自己満足的なこだわりを持つ経営者ほど、「いや、これはお客様のためなんだ」と自分自身を欺いてしまう点にある。この自己欺瞞が始まった瞬間、経営判断の軸は麻痺する。顧客視点ではなく、自分の満足を正当化するための理屈が、判断の中心に据えられてしまうからだ。

経営者が本当にこだわるべき対象は、ただ一つしかない。「お客様がこれで喜ぶか」「また来てくれるか」この一点である。

近隣の競合店に負けない商品を提供できているか。その価値に見合った価格設定になっているか。そして、その価値を現場で安定的に提供できる従業員教育がなされているか。こだわるべきは、商売が繁盛するかどうかという、原理原則に根ざした本質的な部分でなければならない。

さらに、失敗のもう一つの大きな要因が「中途半端な実行」である。商品開発、価格設定、接客や教育といった商売を構成する要素を、一つひとつ中途半端に済ませてしまう人間に、成功は訪れない。成功するためには、それぞれを「きちんと仕上げる」という強い覚悟が欠かせないなのである。

継続力の証明

真の意気込みは「育歴」に宿る

トライアンドエラーを継続し、困難を乗り越えていくために不可欠なのが、「意気込み」という持続的なエネルギーである。仕事の成果を左右する要素の中で、この意気込みが占める割合は非常に大きい。

ただし、この意気込みは、面接の場で語られる瞬間的な熱意や、上手な自己アピールからは判断できない。本当に見るべきなのは、その人がこれまでどのような行動を積み重ねてきたかという「実績」である。

私は、能力や学歴よりも、その人物の「育歴」を重視すべきだと考えている。育歴とは、教育の「育」と学歴の「歴」を組み合わせた言葉であり、その人が長い時間をかけて何かをやり抜いてきた履歴を指す。

たとえば、高校3年間、休まず稽古に励み剣道三段を取得した人。中学・高校の6年間、雨の日も台風の日も欠かさず新聞配達を続けた人。通学のために、毎日長い距離を歩いたり自転車を漕いだりしてきた人。吹奏楽団などで厳しい練習に耐え、全国大会の舞台に立った人。こうした経験は、簡単には手に入らない。

これらはすべて、困難な状況に直面したときでも逃げ出さず、我慢し、試行錯誤を続けてきた証拠である。育歴に裏打ちされた人材は、仕事の現場でも簡単に諦めない。結果が出るまで、トライアンドエラーを粘り強く繰り返す力を持っている。

組織の成長と「任せる哲学」

エラーをどう受け止めるか

事業規模が拡大し、店舗数が三店舗、七店舗、十店舗と増えていくにつれ、経営者の役割は大きく変わっていく。もはや自分一人が現場を走り回り、すべてを把握するやり方には限界が来る。そのとき、経営者に求められる最大の仕事は、「自分に代わって動ける人材を育てること」へとシフトする。

部下に仕事を任せるという行為は、単なる作業の切り分けではない。それは本質的に、「育てる」という行為そのもの。最初から完璧な仕事を期待する必要はない。任せながら育て、最終的に今の二倍の成果を出せるようになることを前提に、仕事を渡していくべきだ。

もし「任せられない」と感じているのであれば、それは部下の問題ではなく、経営者自身が「育てる」という視点で仕事をしていない可能性が高い。任せたあとで、上司が細かく手を出し続けるやり方は、一見すると親切に見えるが、組織全体で見れば時間の無駄でもあり、成長の機会も奪っている。

また、多くの経営者は、心血を注いで育てた社員が独立したり離職したりすることを、過度に恐れがちである。しかし、その出来事は「育てるというトライをした結果として生じた一つのエラー」に過ぎない。必要以上に深刻に受け止める必要はない。

人が辞めたからといって、そこで立ち止まってはいけない。育てた人がいなくなれば、また次の人を育てればいい。育成に失敗したとしても、それは次に活かすためのデータであり、日々の経営の中で淡々と処理すべき「課題」の一つである。このようにエラーを受け止められるかどうかが、トライアンドエラーを継続できるかどうかを分ける。

未完成を引き受け

挑戦を続けるために

「こだわり」と称される「自己満足」を排除し、正しい判断を続けていくためには、経営者自身が常に健全な自己認識を持ち続ける必要がある。その際に重要なのが、自分自身の「自己肯定感」の状態を把握しておくことだ。

自己肯定感が低い人は、過度に反省を繰り返すことで、簡単にマイナスのスパイラルに陥ってしまう。そのような場合は、あえて深く反省しすぎない方が良いこともある。一方で、「自分は必ずやれる」「自分は成し遂げられる」といった高い自己肯定感を持つ人ほど、意識的に自分の弱点を探す練習をすべきである。自己肯定感が高いからこそ、自分の欠点や問題点を直視しても心が折れない。それを成長の糧として、次の改善につなげることができるからだ。

正しい自己認識を得るためには、一人で考えるだけでは不十分である。他者の話に謙虚に耳を傾けること。先人が書いた本を読み、その思考に触れること。そして、優れた人物と自分を比較し、その差を見つめること。この三つの視点を持つことで、初めて「自分はここが弱い」という具体的な課題が見えてくる。

人間はそう簡単に完成するものではない。たとえ八十歳になっても、新しい弱点に気づくことはあるだろう。人が完成するのは、おそらく百三十歳くらいになってからでちょうどいい。そのくらいの時間軸で、自分の未完成さと向き合い続ければよい。

中途半端に終わらせず、一つひとつの仕事をきちんと仕上げていくこと。そして何よりも、トライアンドエラーを死ぬまで繰り返していけるエネルギーを持ち続けること。それこそが、事業を成功に導き、志を現実のものとするための普遍的な原理原則なのである。